キラッと光ろう★ 組織の力で価値を最大に!

組織の課題を対話で解決する専門家 大坪加奈子

生命科学から学ぶ生き残る組織のあり方

 週末の隙間時間にNewsPicksの対談動画を見ることが私の楽しみの時間の一つです。実務の中で顕在的に見えている問題をより大きな視点で捉え、自分の視座や考え方を見直す機会になるからです。それはいわゆる、日常の中の新たな発見です。視点を変えることで、新しいアプローチに出会ったり、世の中の常識は非常識の事象に出会い、自身の取り組みを再考することができます。

 

 今週は、堀江隆文氏と生命科学研究者でベンチャー起業家の高橋祥子氏の対談が印象的でした。対談は、生命科学そのものの話というより、生命機構を組織機構に応用して考えるという話でした。私自身もコンサルタントになりたての頃、自然科学、特に生命体と企業体(組織体)の共通点について、考える機会がありました。その時読んだ本が福岡伸一氏書著の「生物と無生物のあいだ」です。

 

 その本の中に、膵臓の一部の遺伝子情報を切り取ったDNAをもつノックアウトマウスについての実験の話が書かれています。仮説では、遺伝子情報の一部が欠損していれば、消化酵素がうまく作れなくなったり、栄養失調になったり、糖尿病を発症したりと何かしら不調をきたすのではないかと考えられていました。結果は、何も起こらなかったのです。

 

 他にも世界中でこのような実験がたくさん行われてきました。その過程でわかったことは、どうやら生命体は個々のピースが決められた定位置で決められた役割を果たし続けるのではなく、その時々で他のパーツが欠損している状態を察知し、バックアップ機能により全体が再構成されるということです。

 

 いわゆる、動的な仕組みです。さらに、生命には恒常性があるということはよく言われる話です。この本では、「私たちが食べた分子は、瞬く間に全身に散らばり、一時、緩くそこにとどまり、次の瞬間には身体から抜け出て行く」と書かれています。

 

 コロナウィルスに置き換えて考えてみても、このことは当てはまります。コロナが本格的に問題になってから8ヵ月あまりですが、その間にもどうやら、ウィルスの変異が何回か起こっていると言われています。最初の頃は、重症化するリスクが高かったウィルスが、今は緩くとどまれる状態に安定してきているように捉えられます。ウィルスも生き延びるために、全力結集して変化を繰り返しながら、一番安定的な場所に落ち着こうとしているのかもしれません。

 

 この話は、組織で考えてみると、確かに共通する部分があるのです。組織形成の話になると、しっかりとした理論に基づいて設計をすることに主眼がおかれがちですが、そこに執着しすぎると、動的な活動が起きにくい組織になってしまいがちです。

 

 機能や基準など定義をしっかり作り込んでも、いざ動くときには、想定外の変化が起こるものです。しかも、昨今はその変化の振れ幅が大きい。さきほどの生命機構で考えると、一つ一つのパーツに機能を持たせて、それを固定化してしまうと、他者を補完できにくいということです。

 

 組織内の職務や役割を詳細に定義する以上に、バリューチェーンの大動脈を全社員が共有しており、全体像を踏まえた上で個々が自主的に動ける組織環境をどう作るかという方が、本当は重要なのでしょう。「私はこの仕事しか知りません」という状態では補完し合えないからです。

 

 個々の実務を正しく行うことも大切ですが、それ以上にこの会社の強さはどこにあるのか、どういう流れで仕事が動いているのか、お客様からみたら、この機能は重要だ、ということを察知できることの方が組織全体を機能的に動かす上では重要なのだと思います。

 

 また、生命の恒常性を組織の恒常性に置き換えた場合、「フィードバック機能」がとても重要になります。食事の後血糖値が一時的に上がっても、ある程度時間が経てば戻るのは、フィードバックする力が働くからです。変化に対応していくということは、その状況において必要なフィードバックが働き、常に安定させようという力が働いているということです。

 

 例えば、組織の具体的な話で、KPI設定と評価管理があります。安定を保とうと思った場合、KPIは上層部から降ってくるものではなく、お互いが観察しながら安定をさせられるようにKPI要素やターゲット数値の置き方を考え、修正していくということです。KPIの正しさよりも、KPIに基づき、動いてみた結果、そのKPIで良いか、これだと片手落ちではないかと試行錯誤することに意味があるのです。

 

 「変化をしなければならない」そのために新規事業に取り組む企業は多いですが、生命機構を参考に考えた場合、本当は安定のためという方が正しいのではと思います。組織の恒常性を保つために、バランスをとれるから新たな分野を持っておく。その結果として変化したという認識の方が正しい判断ができるように思います。

 

 一方で、生命と企業体としての組織を見比べて、やっぱり違うなと思う部分もあります。生命体は何も考えなくても、欠損を何者かが補っているということです。また、これは生き残れないなと思ったら、どんどん自発的に変異していくという点です。それが集団の誰かの大号令ななくても全体最適に収まるように各々が動くという点です。多様性を尊重しようと言わなくても、多様性が必要であれば、個々が判断して変異していく点が違います。

 

 数年前からティール組織が話題になっていますが、これは生命機構に近い組織機構の形成のように思います。「ティール組織」という緑の分厚い本が出版されましたが、なかなかティール組織で上手くマネジメントできている企業には出会いません。

 

 ルールを変えるというよりこの本の中にも出てくる言葉ですが、「自主経営」セルフマネジメントがポイントだとは思います。ボトムアップとかトップダウンと言っている時点で階層を意識しており、判断する人としない人が分かれていること自体から考え方を変えていかないと、なかなか生命機構を応用した真の組織機構にはならないように思います。

 

 ただ、これから20~30年後、さらに世の中は大きく変化します。既に組織での仕事の活動から強い個が求められる時代にもなっており、働き方ひとつとっても、様々な形態が生まれています。より個が主体的に周りの個と連携しながら、その時々で役割を変えながら、変化していく。そういう生命機構に似た考え方がより理解される時代になりつつあるように思います。

 

最後に、生命と組織の共通項について書かれている書を紹介します。

「からだの知恵 この不思議な働き」

ほとんどが生命の恒常性の話ですが、最後の章で社会の恒常性について書かれています。自然の原理に立ち返ると、組織や社会のあり方も違って見えるかもしれません。

https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000149938